娘は生まれた時からお耳が聞こえません。障害等級2級です。
「口話」と発声練習を小さい時から厳しく教えてきました。
「口話」とは口の動きを読み取る訓練です。
発声練習は、補聴器を付けて、息の吐き方や舌の動かし方の練習をしながら、日本語の発音を練習してきました。
私は、彼女が健聴者に交じって生きていくために、どうしても身につけさせようと必死でした。
娘も一生懸命ついてきたと思います。
高校を卒業して、筑波の聴覚障害専門の技術短大へ入学して、5月の連休に帰省したとき、3か月も経過していないのに、「手話」をばっちり身につけて帰省したのです。
お耳が不自由な人にとって「手話」は大切なコミュニケーション手段だという事は深く理解できました。
それでもこの世の中、聞こえる人の方が断然多いじゃないですか。
そういう世の中を渡っていくにはどうしても「手話より「口話」と発声」という考え方から離れることができませんでした。
そう言う私を、夫は黙って聞いていました。
令和2年11月29日、私たち夫婦は結婚50周年の記念日を迎えました。
息子家族と娘がお祝いの集いを開いてくれました。
夫が、お礼の挨拶を手話でやりたいというのです。
夫は手話の勉強に3か月前から通い始めました。
本番は、緊張して間違いながらお礼の言葉を手話で述べました。
「もっと早く手話を覚えればよかったのに、ごめんね。」という言葉を添えて。